じじぃの「人の生きざま_398_ジェームズ・ブレディ」

オバマ大統領、銃規制強化を再び表明したものの... 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=M1o1juLfzP8
レーガン大統領とジェームズ・ブレディ

New gun control ad stars James Brady 32 years after he was shot and paralyzed in an assassination attempt against former President Reagan Mail Online
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2306924/New-gun-control-ad-stars-James-Brady-32-years-shot-paralyzed-assassination-attempt-President-Reagan.html
米銃乱射事件ワースト11 2013年9月17日 ニューズウィーク日本版
■1位 バージニア工科大学 死者32人(容疑者含む、2007年4月)
■2位 コネチカット州ニュータウン 死者28人(容疑者含む、2012年12月)
■3位 テキサス州キリーン 死者24人(容疑者含む、1991年10月)
■4位 カリフォルニア州サン・イシドロ 死者22人(容疑者含む、1984年7月)
■5位 テキサス州テキサス大学 死者17人(容疑者含む、1966年8月)
■6位 オクラホマ州エドモン 死者15人(容疑者含む、1986年8月)
■7位 コロラド州コロンバイン高校 死者15人(容疑者含む、1999年4月)
■8位 ニューヨーク州ビンガムトン 死者14人(容疑者含む、2009年4月)
■9位 テキサス州フォートフッド 死者13人(2009年11月)
■10位 ニュージャージー州カムデン 死者13人(1949年9月)
■11位 コロラド州オーロラ 死者12人(2012年8月)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2013/09/11-2.php
ジェームズ・ブレディ ウィキペディアWikipedia)より
ジェームズ・スコット・“ジム”・ブレディ(英: James Scott “Jim” Brady、1940年8月29日 - )は、ロナルド・レーガン政権時のホワイトハウス報道官。1981年のレーガン大統領暗殺未遂事件で生死の淵を彷徨い、その後も身体障害に悩まされたが銃規制の推進を主張した。
【経歴】
1996年、ブレディは当時のビル・クリントン大統領から全米最高の市民賞である大統領自由勲章を受賞した。
2000年にはホワイトハウスの記者会見室が彼の名にちなみジェームズ・S・ブレディ記者会見室に改称された。

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『現代アメリカ社会を知るための60章』 明石紀雄、川島浩平/著 明石書店 1998年発行
ブレディ法 銃規制の課題 (一部抜粋しています)
1993年11月に成立、1994年2月に施行された本格的な銃規制法である。1981年に起こったレーガン大統領暗殺未遂事件の際、大統領をかばおうとして銃撃され、半身不随となった報道官ジェームズ・ブレディ(James Brady)の名前にちなんでつけられた。
もともとアメリカは銃による自衛を開拓時代から当然とする風潮があったが、日本人留学生服部君射殺事件(1992年10月)のように錯誤による悲劇や凶悪事件等、銃が身近にありすぎることが問題であるという意識が広がった。また、全米ライフル協会(NRA)などのガン・ロビーにより、銃所有者や購入者のプライバシー保護という名目でマシンガン購入の際の手続きを緩和し、州を越えたライフルと散弾銃の販売取り引きを認めた鉄砲保有者保護法が1986年に成立したことが、銃規制の後退に対する不安感を高めた。前述のブレディとその妻サラもそうした人々であり、拳銃規制協会を設立し、銃規制の連邦法を求めて、活動を始めた。
ブレディ法は1987年にはじめて議会に提出されてから、NRAの支援を受けた議員たちの妨害工作などにより3回廃案にされた。しかし、銃規制に積極的なクリントン大統領の当選、銃規制支持者が多い民主党議席数の増加、銃による巨悪犯罪増加に対する世論が高まったことなどから、ついに1993年11月に法案は成立した。同法は拳銃購入の際に5日間の待機期間を設け、その期間内に警察による購入希望者の素性調査を義務づけている。重罪の犯罪歴がある者(死刑から禁固1年以上の刑を受けた者を指し、軽罪の者は除外される)、精神的疾患のある者または以前に患っていた者、麻薬の売人、麻薬中毒患者、市民権を放棄した者、不法滞在の外国人、未成年者への銃の販売は禁止されている。コンピュータによる全国的なチェック・システム構築のため、毎年2億ドルの予算が組まれ、このシステム完備を前提に5日間の待期期間を5年後に廃止することが盛り込まれた。
ブレディ法の効果としては、今まで個別に州で銃規制をしていたのを連邦法という共通の規制が適用できるようになったことである。法律制定以前は25州がそれぞれ個別の待機期間、対象とする銃の種類などを定めており、待機期間のある州から待機期間のない州への銃の持ち込みが容易におこなわれていた。ブレディ法により全国一様の規制が可能になった。