じじぃの「人の死にざま_1317_ムアマル・カダフィ」

カダフィ大佐死亡、42年の独裁に幕 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=LxwJpbSGIgk
カダフィ政権崩壊か 中国・態度を一変 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=HZsfGzKbT7M
ムアマル・カダフィ

ムアンマル・アル=カッザーフィー ウィキペディアWikipedia)より
ムアンマル・アル=カッザーフィー(1942年6月7日 - 2011年10月20日)は、リビアの軍人、革命家、政治家で、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国の最高指導者。称号は「リビア最高指導者および革命指導者」、「敬愛なる指導者」。1969年のリビア革命によって政権を獲得後、2011年に至るまで長期にわたり独裁政権を維持したが、2011年リビア内戦によって政権は崩壊、自身も反カッザーフィー派部隊によって殺害された。
日本では一般にカダフィ大佐という呼称で知られている。1993年から2009年まで1リビア・ディナール紙幣に肖像が使用されていた。

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『私が出会った「世界権力者&超VIP」50人 真実の素顔』 中丸薫/著 イースト・プレス 2013年発行
「砂漠の狂犬」でも「テロリスト」でもなかった! ムアマル・カダフィ(政治家) (一部抜粋しています)
実際に会ったムアマル・カダフィさんは、とてももの静かで思慮深く、「狂犬」とはほど遠い印象の人でした。それどころか、彼はユダヤ人にも深い理解を示していました。彼が批判の矛先を向けていたのは、ユダヤ人ではなく、あくまで”極右シオニスト”だったのです。
「私がユダヤ人に『地球上から消滅してしまえ』と言っている? とんでもありません。むしろ私はユダヤ人を尊敬しているし、世界中のあらゆる人々と同様、平等な権利を持っていると思っています。
 しかし、彼らはもともとヨーロッパやソ連アメリカ、アジア各国に属する市民です。自分の国で、それぞれの市民としての権利を持つべきです。どうしてパレスチナに来るのですか。パレスチナパレスチナ人のものです」
イスラエルは核を保有しています。相手が核を持ったままでは和平はない、と言うアラブ側の主張には納得できます。それにしても、この複雑に入り組んだパレスチナ問題を解決するには、いったい、どうしたらいいのでしょう。
「私は誰であれ、どこの国であれ、ユダヤ人を迫害する勢力には大反対です。なぜパレスチナへ、彼らがやってこなければならなかったか? それは、彼らに対する迫害が存在するからです。われわれは、彼らを”ユダヤ人だから”という理由だけで迫害している国々に対しては、反対の声をあげなければなりません。
 ユダヤ人とパレスチナ人の共存は、パレスチナの民主国家においては可能です。でも、核を保有するイスラエルにおいては不可能です。彼らは私たちを非常に激しく、何度も何度も痛めつけてきました。私はパレスチナ人とともに歩もうとするユダヤ人は認めますが、イスラエルを認めることはできません」
そのイスラエルを支援し、カダフィさんを「狂犬」と罵倒するアメリカ。彼にとって、さぞや許せない存在かと思いきや、意外な答えが返ってきました。
「私はアメリカを憎んではいません。私はアメリカ国民が好きですし。友達もたくさんいます。私が反対するのは、アメリカの”外交政策”です。アメリカの政策は、国際平和に逆行し、人々の、とくに弱者の自由を奪い、世界の安定を乱すものです。考えてみてください。CIAはいつも、世界中で弱者の独立や自由に反対し、謀略を行なっているではありませんか。世界中を自分たちの支配下に置くために……。私は断固としてこれを拒み、抵抗します」
リビアは、人民主権直接民主主義にもとづいた、独自の「ジャマーヒリーヤ」という体制をとっています。つまり、何を決めるにも人民が決める。政府や国家元首など不要、という立場をとっているのです。
カダフィさんがこのような構想をつくりあげたのは、彼がもともとベドウィンという遊牧民の子として生まれたことと関係があります。幼い頃から西洋の植民地政策に翻弄され、つらい思いをしてきた彼にとって、人民を抑圧し、搾取する支配層は悪であり、排除されるべき存在なのです。
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2003年、リビア大量破壊兵器計画の廃業を宣言し、アメリカも長年にわたった経済制裁を解除しました。そして、リビアは”西欧諸国”と、いったんは良好な関係を築いたように見えました。かって、覚えたての英語で年齢を答えてくれたカダフィさんの息子も、後継者としての風格を備え、私がリビアを再訪したとき、リビアの今後について熱く語ってくれました。
しかし、カダフィさんは、2011年、欧米の軍事介入によって、無残にも殺害されてしましました。ヒラリー・クリントン国務長官リビアを訪問し、「カダフィを早く拘束するか、殺害することを望む」と発言した翌日のことでした。
この背景にあるのは「石油利」と「リビアの富の強奪」です。カダフィさんがもっとも恐れた形で、リビアは蹂躙されてしまいました。
カダフィさんは私に、「われわれがもし、ひざまずけば、相手は上からカナヅチを振り下ろして、頭を叩いてくるでしょう」と自らの危機的な立場を語っていました。残念ながら、その危惧通りのことを、欧米諸国によってされてしまったのです。本当に残念としか言いようがありません。