じじぃの「人の死にざま_1252_M・デイビス」

Miles Davis - Kind Of Blue [Album Completo] 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=gj1ydd5ovuI
miles dewey davis 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=xZHihjkFGNU
マイルス・デイビス ウィキペディアWikipedia)より
マイルス・デューイ・デイビス三世(Miles Dewey Davis III, 1926年5月26日 - 1991年9月28日)は、アメリカ合衆国のジャズトランペット奏者。アルバム『カインド・オブ・ブルー』『ビッチェズ・ブリュー』などで知られている。日本には彼を「ジャズの帝王」、「モダン・ジャズの帝王」と呼ぶファンや評論家も多い。クール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、エレクトリック・ジャズ、フュージョンなど、時代に応じて様々な音楽性を見せ、ジャズ界を牽引した。

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『世界史の叡智 - 勇気、寛容、先見性の51人に学ぶ』 本村凌二/著 中央公論新社 2013年発行
マイルス・デイビス 20世紀音楽の最高峰 (一部抜粋しています)
大学生だったころの森田一義タモリ)氏が、ジャズクラブに入部してトランペットを演奏したいと言ったらしい。先輩から「お前がトランペットを吹けば笑って聞こえるけど、マイルス・デイビスの演奏は泣いてるだろう」と忠告されてあきらめたという。
むせび泣くようなトランペットを奏でるマイルス。その潤いと渇きがかもしだすハスキーな音色のなかに、いつしかまどろんでしまうのは20世紀に生を授かった者の特権だというのは言いすぎだろうか。
マイルス・デイビスは、1926年、米イリノイ州の地方都市の富裕な歯科医の息子として生まれた。母親は普通の大学に通わせたかったらしいが、マイルスはニューヨークの名門、ジュリアード音楽院に行きたかった。
幸いにも、父親が賛成してくれたから、ジュリアード通いは実現する。だが、授業には出もせず、練習室で1日中ひたすらレコードを練習したという。
マイルスの先人に、チャーリー・バーカーとレスター・ヤングがいる。パーカーの激しさとヤングの抑制とリリスズムが溶け合わせたのがマイルスのスタイルになる。まぎれもなくモダン・ジャズの誕生であった。
このころのジャズ演奏者にありがちだったのは麻薬常用である。マイルスも例外ではなく、1950年には常用容疑で逮捕されながら不起訴になっている。数年後には麻薬と絶縁したというから、人並み以上の意志をもつ男だったんpだろう。麻薬を克服した30歳前後がその演奏の完成期といわれている。
そのころ、ジャズ界の大先輩であったセロニアス・モンクにマイルスは「俺のソロのバックでは、ピアノを弾くな」と命じたというから、相当な自信だったのだろう。もっともモンクはあとで「マイルスがなぐってきたら、殺してやるつもりだった」と語ったそうだ。だが、この緊迫した空気が類(たぐ)い稀な名演を生み出すのだから皮肉である。
「マイルスほどの洗練をもって、単純化を推し進めたミュージシャンは、ジャズ史上にも類例がない。マイルスの音楽では、複雑さと単純さが矛盾なく共存している」と評論家は語っている。

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