じじぃの「人の死にざま_1165_EO・ローレンス」

アーネスト・ローレンス - あのひと検索 SPYSEE
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cyclotron 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=cNnNM2ZqIsc
超伝導リングサイクロトロン-Superconducting Ring Cyclotron(SRC) 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=BEFzYp5wVaE
アーネスト・ローレンス ウィキペディアWikipedia)より
アーネスト・オーランド・ローレンス(Ernest Orlando Lawrence、1901年8月8日 - 1958年8月27日)は、アメリカ合衆国の物理学者。カリフォルニア大学準教授(1928年 - 1930年)、のち教授(1930年 - 1958年)。兼バークレー放射線研究所所長(1936年 - 1958年)。
原子物理学や素粒子物理学で標準的に使用される加速器であるサイクロトロンを発明したことで知られる。さらに、門下の物理学者たちによるサイクロトロンを用いた多くの人工放射性元素の発見を指導した。ネプツニウムを筆頭に1950年代までに発見された超ウラン元素のほとんどは彼が所長を務めていたバークレー放射線研究所(現在のローレンス・バークレー国立研究所)で合成されている。
1939年、「サイクロトロンの開発および人工放射性元素の研究」によりノーベル物理学賞を受賞した。1958年には第1回シルヴェイナス・セイヤー賞(Sylvanus Thayer Award)を受賞している。
第103番元素ローレンシウムの名はローレンスの名にちなんでいる。

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ヒッグス粒子の発見』 イアン・サンプル/著、上原昌子/訳 ブルーバックス 2013年発行
宇宙開発競争に比肩する加速器開発 (一部抜粋しています)
最初の加速器を作った人たちを悩ませた初期の課題に、粒子をかってないほど速いスピードに加速するために必要不可欠な、強い電場を維持することの難しさがあった。原理上は、粒子をより強い電場で、はるかに長い距離を使って加速すれば、粒子のビームをより高いエネルギーにすることが可能である。しかし実際には、そのアイデアは失敗した。物理学者たちが使用した非常に強い電場は壊れ、その装置にアーク放電が生じて、大きなスパークを引き起こした。
ウォルトンとコックロフトが、直線のパイプ構造を基本とした加速器を忍耐強く使い続けたのに対し、米国のバークレーにあるカリフォルニア大学の物理学者、アーネスト・ローレンス(1901〜58年)は、高電場の問題を解決するための新しい設計を推し進めた。彼はドイツの技術専門誌に掲載されたロルフ・ヴィーデレーエ(1902〜96年)というノルウェーの技術者の論文からそのアイデアを得た。
ローレンスは、その略図だけを利用してそれに取り組んだ。それは、長い直線のパイプを使って粒子を加速させる代わりに、より弱い電場を使って、ぐるぐるとらせん状に回転させながら加速するというものだった。
ローレンスは、のちに「サイクロトロン」として知られることになる新たな加速器を作り上げた。小さな皿ほどの大きさのその装置の内部では、周回するたびに加速を促す交流の電場によって、粒子が動かされていた。それはまるで、数秒ごとに強い力で引っ張って、メリーゴーランドを加速させながら回しているようなものだった。
強力な磁石によって誘導され、装置内部をぐるぐると回って加速された粒子は、らせんを描きながら外へと向かっていった。ローレンスはやがて、5メガ電子ボルト近くまで粒子を加速することに成功していた。ウォルトンとコッククロフトが初期に得た最高値は、800キロ電子ボルトだった。自身が「陽子のメリーゴーランド」と呼んだローレンスの装置は、彼らのものより強力であるだけでなく、実験室のベンチに載せられるほどコンパクトだった。
ローレンスは、つねに前の装置より大きく、より強力なものへと、サイクロトロンを次々に改良していった。最初の装置は直径が5インチ(12.7センチメートル)しかなかったが、1939年には、直径5フィート(約152センチメートル)の大がかりな装置になっていた。
ローレンスはそのサイクロトロンを使い、陽子を元素に衝突させるとこによって放射性元素を作り出していた。彼の研究は、医療における放射性物質の使用に直結した。彼の実弟で物理学者だったジョン・ローレンス(1904〜91年)が、白血病の治療に放射性リンを使用した。ほどなく、彼の同僚たちは、人間の体内のがん細胞を破壊するために、サイクロトロンで生み出した中世子のビームを使う方法を考え出していたのである。
1939年、アーネスト・ローレンスは、サイクロトロンの研究とそれを使った発見により、ノーベル賞を受賞した。その功績の中には、自然界にはほとんど存在しない元素、テクネチウムを初めて人工元素として生成するのに貢献したことが含まれる。

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