じじぃの「世界遺産未登録・世界三大仏教遺跡のひとつ・ミャンマーパガン遺跡」

Myanmar Bagan 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=-iQTh-mRZiY
Myanmar, Bagan 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=Z0tpXQpAdvc
ミャンマー 地図 画像
http://www.lib.utexas.edu/maps/cia04/burma_sm04.gif
インド Bodh-Gaya 地図 画像
http://npws.org/mapofindia2.gif
パガン遺跡 Google 検索
http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4GZAZ_jaJP276JP276&q=%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E9%81%BA%E8%B7%A1&gs_upl=0l0l9l213024lllllllllll0&sa=X&oi=image_result_group
マップ特集「ミャンマー」 | 世界三大仏教遺跡へ
エーヤワディー川中流、その東岸の平野部一帯約40k㎡のエリアに、大小さまざまな仏教遺跡が林立するバガン
ここはカンボジアアンコール・ワットインドネシアのボロブドゥールとともに、世界三大仏教遺跡のひとつと称されている。
http://www.maptour.co.jp/atb/dept_ngo.php/area/ngo_mapstyle_myanmar_01/
ブッダガヤ ウィキペディアWikipedia)より
ブッダガヤ(仏陀伽邪)は、釈迦(如来)の成道(悟り)の地で、八大聖地の1つ。ボードガヤーとも表記する。
また、ヒンドゥー教における聖地でもある。特に仏教では最高の聖地とされている。
【概要】
インド東部、ビハール州、ネーランジャヤー(尼蓮禅)河のほとりにある。ブッダガヤには、中心にあるブッダガヤの大菩提寺(マハーボーディー寺)と、そのまわりにある各国各宗派の寺院(例 中国寺、日本寺、ネパール寺など)がある。マハーボーディー寺の中には、その本堂である高さ52mの大塔と、ゴータマ・ブッダが成道したときに座っていた金剛宝座と、成道したときにその陰にいたゴータマ・ブッダ菩提樹、沐浴の蓮池がある。
バガン ウィキペディアWikipedia)より
バガンラテン文字表記:Bagan)はミャンマーマンダレー管区にある地名で、旧名はパガン。カンボジアアンコール・ワットインドネシアのボロブドゥールとともに、世界三大仏教遺跡のひとつと称されており、イラワジ川中流域の東岸の平野部一帯に、大小さまざまな仏教遺跡が林立している。バガンとは広くこの遺跡群の存在する地域を指し、ミャンマー屈指の仏教聖地である。その一部の城壁に囲まれたオールドバガンは考古学保護区に指定されている。点在するパゴダや寺院のほとんどは11世紀から13世紀に建てられたもので、大きいものや小さいもの、鮮やかな白色をしたものや赤茶色をしたものがある。仏塔の数は3000を超えるといわれている。

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時論公論 「ミャンマー 仏教遺跡をどう守る」 2012年9月4日 NHK
【解説委員】道傳愛子
アジア有数の仏教遺跡 ミャンマーのパガン遺跡です。
カンボジア世界遺産アンコール遺跡にも匹敵する文化遺産と言われ、11世紀から13世紀に栄えたパガン王朝の都には3000とも言われる仏塔が点在します。
レンガ造りの仏塔や金色の仏像は、往時の栄華を伝えています。
しかし多くの寺院で劣化が進み、遺跡をどう守るのか、国際社会はどのような支援ができるのか、ミャンマー民主化を考える中で課題となっています。
このパガン遺跡は、世界遺産インドネシアのボロブドゥール遺跡、カンボジアのアンコール遺跡と匹敵する遺跡と言われながら、世界遺産に登録されていません。
では今後、パガン遺跡が世界遺産に登録されるためには何が焦点となるのでしょうか。登録されるためには人間の創造的才能を示す傑作である・ある文明の存在を伝えるものとして稀有な存在である、などユネスコによる厳密な基準を満たさなければなりません。
加えて今後は「オーセンティシティ」つまり「真実性」ほんものであること、遺跡に手が加えられていないか、修復の過程で材料や工法ができるだけ本物に近いかどうか、と言う点が問われていくと考えます。これまで登録が見送られてきたのもまさにこのオーセンティシティが争点となったからです。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/130473.html
どうでもいい、じじぃの日記。
http://space.geocities.jp/hhiratsuka2005/
9/4、NHK時論公論』で「ミャンマー 仏教遺跡をどう守る」を観た。
ミャンマーのほぼ中央を流れるエーヤワディー川(旧称イラワジ川)中流、その東岸の地域に、大小さまざまな仏塔が点在するバガン遺跡は、カンボジアアンコール・ワットインドネシアのボロブドゥールとともに、世界三大仏教遺跡のひとつである。
映像からはマヤ遺跡のような、この世のものとは思われないほど壮大な景観が映し出されていた。
なぜ、こんな遺跡が世界遺産になっていないか、
ミャンマーの遺跡は生きている遺跡であり、自分たちのやり方で守る」
として、世界からの干渉を受けることを一貫して拒否してきたからなのだそうだ。
仏教は、今から2500年ほど前にインド北部で生まれた。シャーキャ国の王子ガウタマ・シッダールタブッダ)が説いた教えである。しかし、インドでは仏教は8〜9世紀にヒンドゥー教に吸収されていき、13世紀にはイスラム教勢力によって完全に姿を消してしまった。残ったのは、インドで滅びる前にアジア各地に伝わり、それぞれの地で根を下した仏教である。
ブッダの時代の教えをほぼそのまま受け継いだのが、東南アジアに伝わった「上座部仏教」だ。日本に伝わったのは中国を経由してきたために、ブッダの本来の教えが歪められて入ってきた。チベット仏教は時代に応じて、本来の教えがやや変化した仏教だ。
ダライ・ラマが1954年に北京を訪れ、毛沢東周恩来と会見した。そのとき、毛沢東の口から出た言葉は驚くべきものだった。「宗教は毒だ。宗教はふたつの欠点をもっている。まずそれは民族を次第に衰えさせる。第二に、それは国家の進歩を妨げる。チベットとモンゴルは宗教によって毒されてきたのだ」
1951年、中国人民解放軍チベットのラサに向けて進軍。チベット全土が制圧された。
インドに亡命したダライ・ラマは、インドのデリーに近い、ダラムサラチベット亡命政権を設立した。そして、中国の一部になってしまったチベット自治区から、チベットの人々が難を逃れて、続々移ってきているのである。
ブッダが悟りを開いたといわれるインドのブッダガヤは2002年 文化遺産としてユネスコ世界遺産に登録された。そして、ブッダガヤはチベット人の聖地になっているのである。
毛沢東は言った。
「宗教は毒だ」
今でも、毛沢東の亡霊が、中国を支配しているのである。
しかし、なぜ穏やかな、仏教の国であるミャンマーに内戦が続いたのであろうか。