じじぃの「人の生きざま_128_李・健煕」

【速報ニュース】李健熙サムスン会長死去 世界的IT企業育てる 韓国 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Rqei01PXXeQ
サムスン電子Samsung)が考える2015年の社会 ニコニコ動画
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16535406
李健煕三星会長「日本に追いつくにはもっと学ぶべき」 2011年01月11日 中央日報
李健煕 三星サムスン)電子会長は11日、「日本部品企業に追いつくためには、まだ多くのことを学ばなければならない」と明らかにした。李会長はこの日、金浦(キンポ)空港から日本へ向けて出国する前、「三星が日本を抜いたと言われるが、日本企業から学ぶことは何か」という記者の質問を受け、このように答えた。
李会長は「外見では三星がリードしているように見えるかもしれないが、中身(部品)で日本に追いつくためには、まだ多くの時間と研究が必要だ。学ぶべきことは多い。ずっと学んでいかなければいけない」と再び強調した。
http://japanese.joins.com/article/551/136551.html?sectcode=300&servcode=300
李健熙 ウィキペディアWikipedia)より
李健煕(イ・ゴンヒ、1942年1月9日 - 2020年10月25日)は、大韓民国慶尚南道宜寧郡出身の実業家。サムスングループを創業した李秉竽の三男で、サムスングループの2代目の会長である。
長男の李在鎔はサムスングループ専務、長女の李富真はホテル新羅社長、サムスンエバーランド社長、サムスン物産商事部門顧問、次女の李敍顕はサムスングループ第一毛織・第一企画専務。
1993年、ドイツのフランクフルトにおいて「妻と子以外はすべて変えよう」をスローガンに新経営方針を提唱した。
2004年にはフランス政府よりレジオンドヌール勲章コマンドゥールを授与された。
2006年3月時点で、『フォーブス誌』によると、李健煕一家の財産は約66億ドルで、世界で82位。韓国人の中で、100位以内に入るのは彼ただ一人である。
李健熙は韓国きっての愛犬家でもあり、サムスングループが支援し盲導犬の育成などにも当たるなど、社会福祉にも力を入れてきた。
2009年8月14日にもソウル高等裁判所の判決により脱税、株式市場での違法行為、背任行為に対して有罪判決を宣告された。
2009年12月29日に李明博大統領は平昌オリンピック招致のために李健煕を特別恩赦することを発表した。これを受けて2010年3月24日に会長職に復帰した。ちなみに1997年にも全斗煥盧泰愚両元大統領への贈賄事件で有罪となるも赦免されている。
【略歴】
・1965年 早稲田大学商学部卒業
・1966年 ジョージ・ワシントン大学経営大学院 MBA課程修了
・1987年 三星グループ会長( - 2008年)
・1998年 三星電子代表取締役会長
・2008年 不正資金疑惑に対して有罪判決が下される 三星電子代表取締役会長辞任
・2010年 三星電子代表取締役会長職に復帰

                                  • -

サムスンの真実――告発された巨大企業』 金勇 (キム・ヨンチョル)/著、藤田俊一/監修、金智子/翻訳 バジリコ 2012年発行
李健煕ファミリー、彼らだけの世界 (一部抜粋しています)
李健煕のバースディパーティー風景を紹介しよう。自らを「別格」だと思っている彼らが生きている姿だ。
2003年1月9日午後6時、新羅ホテルのダイナスティホールで、李健煕の還暦祝いの会が開幕した。アナウンサーのイ・グムヒが、この日の司会を務めた。指揮者のクム・ナンセをはじめ、著名な国楽家声楽家、歌手たちが大勢出演した宴だった。メインテーブルには、李健煕の息子と娘、娘婿、嫁、孫など直系の家族が座り、周囲のテーブルには、午前中に1億ウォンの賞金をもらった「誇らしいサムスン人賞」受賞者の夫婦たちが座っていた。「誇らしいサムスン人賞」の授賞式の祝宴は、李健煕の誕生日に合わせて開かれる。ノーベル賞を真似た、この賞の審査委員長は李賢宰(イ・ヒョンジェ)副首相で、審査委員には各界の要職を務めた人たちが顔を並べた。
李健煕のバースディパーティーは、サムスングループの公式行事にかこつけてグループの経費でまかなわれた。招待客には食前、食中、食後と高価なワインが振舞われ、アベタイザーにはフォアグラ、メインディッシュには和牛ロースにトリュフのソースという具合だった。李健煕ファミリーのテーブルにはフランスから冷蔵で空輸してきたフォアグラが供された。一方、他のテーブルのフォアグラは冷凍ものだった。
私の常識では理解しがたかった。パーティーでは、招待客にいい料理をふるまうのが普通ではないか。バースディパーティーに招待しておきながら、客には冷凍フォアグラを出し、自分たちは冷蔵フォアグラを食べるとは、しっくり来なかった。ワインも同様だった。李健煕ファミリーのテーブルには、1000万ウォンもするペトリュスのワインがあったが、招待客のテーブルにはこれよりもずっと安いワインが出されていた。
私は不愉快になり、秘書チーム長のキム・ジュン常務にペトリュスのワインは何本あるのかと聞いた。たくさんあると言うので、1本持ってこさせて、構造調整本部のチーム長たちと飲んだが、酒が飲めない私でさえわかるほど、柔らかな味だった。
この日、李健煕ファミリーが準備したことになっているパーティーの引き出物は、李健煕の部屋のミニチュア模型だった。テーブルや鏡の位置まで正確に再現した模型がガラスケースに入れてあった。
彼の部屋がどれだけ珍しくても、模型にまでして渡すものだろろうかと思った。ただ実際に、部屋は少し変わっていた。李健煕はいつも鏡を横に置いて、鏡を見る習慣があった。そのため、彼は海外でホテルに泊まるときにも家具と鏡を普段、自分の部屋にある位置に置かせた。
      ・
パーティーには、海外でも有名な女性ジャズシンガーが何曲か歌った。国楽家も来た。小さな居間でたった数人のため開かれた立派なステージに大きな違和感と不快感を抱いた。問題は、たった数人のために数千万ウォンも費やしてコンサートを開いたことにとどまらない。このような席を不快に思う人がいるという事実にさえ気付かないサムスンの経営陣と李健煕ファミリーの鈍さこそがより大きく深刻な問題だった。
彼らはプライベートなパーティーに会社の金を使うことに何の躊躇もなかった。客を招待しておきながら、自分たちよりも安い食事を出すことが失礼だとは思いもしなかった。こうした失礼な態度をとる背景には、李健煕ファミリーをまるで王族や貴族のように「身分の違う人たち」とする意識がある。

                                  • -

李健熙 Google 検索
http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4GZAZ_jaJP276JP276&q=%E6%9D%8E%E5%81%A5%E7%86%99&gs_upl=0l0l1l937991lllllllllll0&sa=X&oi=image_result_group