じじぃの「人の死にざま_182_マリア・カラス」

マリア・カラス - あのひと検索 SPYSEE
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Maria Callas- Tosca, second Act part 6 (Vissi d´arte) 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=1ZXwz0gj5fY
CALLAS ASSOLUTA マリア・カラスの真実 動画 Windows Media Player
http://www.cetera.co.jp/callas/
マリア・カラス ウィキペディアWikipedia) より
マリア・カラス(1923年12月2日-1977年9月16日)は、ソプラノ歌手である。ニューヨークで生まれパリで没し、20世紀最高のソプラノ歌手とまで言われた。特にルチア(ランメルモールのルチア)、ノルマ、ヴィオレッタ(椿姫)、トスカなどの歌唱は、技術もさることながら役の内面に深く踏み込んだ表現で際だっており、多くの聴衆を魅了するとともにその後の歌手にも強い影響を及ぼした。
【傑出した歌手】
マリア・カラスギリシャ系移民の子としてアメリカのニューヨークで生まれ、本名は Maria Anna Sofia Cecilia Kalogeropoulos といった。1936年からギリシャに渡ってアテネ音楽院でエルビーラ・デ・ヒダルゴに学んだ。
デビュー当初はヴァーグナーも歌ったが(イタリア語でトリスタンとイゾルデのイソルデ、同じくイタリア語でパルジファルのクンドリを歌った録音が残っている)、後にイタリア・オペラの広いレパートリーで歌うようになった。ロッシーニベッリーニドニゼッティらのベルカントオペラから、ヴェルディプッチーニなど、リリコ・スピントやドラマティコの声質むけの役柄でも並外れて優れた歌唱を行った。
カラスの特に傑出した点は、そのテクニックに裏打ちされた歌唱と心理描写と演技によって、通俗的な存在だったオペラの登場人物に血肉を与ええた事であろう。必ずしも美声とはいえない持ち前の個性的な声質をすら武器にして、ベルカントオペラに見られるありきたりな役どころにまで強い存在感を表わした。それまではソプラノ歌手のアクロバティックな聴かせどころに過ぎず、物語から遊離していた「狂乱の場」も、カラスにおいてはヒロインの悲劇を高める為の重要なドラマの一部となった。彼女によってそれまで廃れていたベルカントオペラが多く蘇演され、その作品の真価を多くの聴衆に知らしめた。特に、『ランメルモールのルチア』『ノルマ』『メディア(Medea)』などは彼女によって本格的な復活上演が行われるようになったといっても良いくらいである。
【衰え】
1977年9月16日、ひっそりと暮していたパリの自宅にて53歳の若さで短い生涯を閉じる。死因は心臓発作と言われるが、謎の部分もあり諸説ある。遺灰はペール・ラシェーズ墓地に一旦は埋葬されたが、生前の希望により1979年に出身地のギリシャ沖のエーゲ海に散骨された。
近年、彼女の功績をたたえ映画製作も相次いでいる。2003年にはカラスと個人的な親交もありオペラ演出家としても名高いフランコ・ゼフィレッリ監督による『永遠のマリア・カラス』が作られた。2008年には没後30周年企画としてカラスとオナシスの関係に焦点を当てた『マリア・カラス最後の恋』が、2009年にはドキュメンタリー映画マリア・カラスの真実』が公開されている。

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『クラシックのおすすめ―いい音楽との出会い』 黒田恭一/著 音楽之友社 1999年発行
マリア・カラスは声によって演じる技をそなえた歌い手だった (一部抜粋しています)
マリア・カラスを最初にきいたのは、たぶん、古いほうの、ということは1953年に録音されている≪トスカ≫の全曲盤によってである。カラスが標題役をうたってスタジオで録音された≪トスカ≫には2組ある。1953年に録音された古いほうの盤はモノーラルで、1964年に録音された盤はステレオである。
むろん、オペラをきく楽しみを知りはじめたばかりだった当時のぼくにマリア・カラスに対してのこれといった特別の思いがあるはずもなかった。ごく単純に、カヴァラドッシのうたう「星は光りぬ」や「妙なる調和」、あるいはトスカのうたう「歌に生き、恋に生き」といった名アリアがきけるということでプッチーニの≪トスカ≫というオペラをきいてみたいと思っただけのことでしかなかった。たまたま、そのとき、マリア・カラスジュゼッペ・ディ・ステファノ、それにティート・ゴッビといったキャストによるLPの全曲盤が発売されていた。それで、そのLPを買った。オペラ街道をよちよち歩きしはじめたばかりのききてとしては、偶然のこととはいえ、旅のはじめに絶好の名盤にめぐりあったことになる。
ヴィクトール・デ・サバータの指揮した、その全曲盤は録音は古いものの、今なお、≪トスカ≫をきくための屈指の名盤とされている。ご参考までに書いておけば、そのLPはCDに復刻されて、現在も発売されている。それ以前に≪トスカ≫というオペラを全曲通してきいたことのなかった幼いオペラ・ファンは暇にまかせて、買ったばかりのLPをくりかえしくりかえしきいた。そうやってきいているうちに、この有名なオペラには「星は光りぬ」や「妙なる調和」、それに「歌に生き、恋に生き」といったよく知られたアリア以外の部分にもたくさんのききどころがあることがわかってきた。同時に、ぼくは、カヴァラドッシをうたうジュゼッペ・ディ・ステファノの情熱的な歌唱に昂奮し、さらにスカルピア男爵を声で憎々しげに演じるティート・ゴッビの名演技に酔うことをおぼえていった。
しかし、その頃は、そこでトスカをうたっていたマリア・カラスの、一声きけばすぐにもそれとわかる、あの独特の癖のある声にはなかなか馴染めなかった。どうやら、このソプラノは、今をときめく大プリマドンナのようであるが、低い声はふくみ声になるし、高い声は金属的に甲高くひびくし、どうにも好きになれない、というのが当時のぼくのカラスへの偽らざる気持ちだった。マリア・カラスの声は、いわゆる美声の範疇にははいりにくい声である。
その段階で、ぼくはマリア・カラスが嫌いだ、といってしまうことだって、できなくはなかったかもしれない。しかし、ぼくはそうしなかった。NO、といってしまえば、それまで、である。しかも、NOは、いつでもいえる。だから、NOをいうことはできるかぎり保留する。それがぼくの音楽をきくうえでの流儀である。そこで、ぼくはぼくよりたくさんのオペラをきいたり、さまざまなオペラ歌手をきいたりしてきているオペラ好きの先輩たちが、なぜ、マリア・カラスを偉大なオペラ歌手だといって讃えるのか、それを知りたいと思った。それで、やむをえず、ふくみ声になる低い声や金属的に甲高くひびく高い声を我慢しながら、カラスのうたうトスカをききつづけた。
当時は今のようにいろいろな歌い手のうたったものをレコードで自由にきける時代ではなかった。これといった比較すべきトスカをうたっているソプラノをきくこともままならなかったぼくとしては、戸惑いを感じつつも、カラスのうたうトスカをきいていかざるをえなかった。苦手な音楽は、くりかえしきいて、慣れるにかぎる。カラスに対しても、ぼくはそうした。そうしているうちに、次第に、カラスによってうたわれるときに、うたわれることばのひとつひとつが尋常ならざる生々しをもって立ちあがってくることに気づくようになった。
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最近、「マリア・カラスの芸術」というCD13枚組のアルバムが発売された。アルバム・タイトルからもあきらかなように、これはマリア・カラスの残したアリア集を集大成したものである。むろん、あの懐かしい「リリック&コロラトゥーラ・アリア集」も、ここにおさめられている。ぼくはいささかの感慨にふけりつつ、気のおもむくままに、十分な時間をかけてマリア・カラスのうたうさまざまなアリアをきいた。その結果、この不世出の大プリマドンナの芸の深さと大きさと、それに鋭さに、あらためて酔わずにはいられなかった。
マリア・カラスの芸術」にはからすのうたうアリアが109曲おさめられている。ここには同じアリアの録音時期の違う歌唱もおさめられていれば、14分半ほどかけてうたわれる≪アンナ・ボレーナ≫の長大な狂乱の場もおさめられている。ごく若い頃のカラスによってうたわれた、からすのレパートリーとしては珍しい、ワーグナーの≪トリスタンとイゾルデ≫からの「愛の死」のイタリア語によった歌唱などもふくまれているといったように、とりあげられている歌唱はまことに多彩である。その意味で、13枚のCDからなる「マリア・カラスの芸術」は実質的に「マリア・カラスの全貌」ともいいうるものになっている。
アリアはそのオペラでききどころになっている独創曲である。そのアリアが109曲もおさめられているのであるから、ここには実にさまざまな性格の、タイプのちがうアリアがふくまれていることになる。しかし、いずれのオペラのアリアも、ひとたびマリア・カラスによってうたわれると、単なるききどころの独創曲であることをこえて、そのアリアのドラマティックな背景であるとか、そのアリアをうたうヒロインの胸のうちとかが鮮明に浮かびあがる。それを感じとるのが、すなわちマリア・カラスをきく、ということである。
だれもが、マリア・カラスは卓越したオペラ歌手であった、といって讃える。そのことばに嘘はない。マリア・カラスは第二次大戦後のオペラ界が生んだ最大の歌い手のひとりだった。しかし、カラスは単にすぐれた歌唱技術をそなえたオペラ歌手だっただけではなく、ほとんど本能的といっていいような、声によって演じる技をそなえていた歌い手だった。そのために、カラスによってうたわれたアリアをきくききては、そのアリアがほんの5分にみたないものであっても、そこでひとつの独立したドラマを味わったような気持ちになる。
ひとしきり、「マリア・カラスの芸術」のうちのさまざまなアリアをきいた後、やはり、カラスは凄かった、と呟かないではいられなかった。