じじぃの「人の死にざま_145_ワーグナー」

リヒャルト・ワーグナー - あのひと検索 SPYSEE
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ワーグナー:歌劇「タンホイザー 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=hZS2xnrK_Fs
リヒャルト・ワーグナー フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 (一部抜粋しています)
ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナーは、歌劇の作で知られる19世紀のドイツの作曲家であり、また理論家、文筆家としても知られる。ロマン派歌劇の頂点として「歌劇王」の別名で知られる。

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『音の影』 岩城宏之/著 文芸春秋 2007年発行
ワーグナー 戦争犯罪音楽だった1曲 (一部抜粋しています)
父は警察の書記、母はパンの職匠(マイスター)の娘、第9子として生まれたが、約6ヵ月の時、父が死亡。母はかねてから親交のあった俳優と結婚する。実は父の生存中に、この俳優と母の間にできた子であるまいか、という説があり、本人にもはっきりしないままである。
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音楽国ドイツとは違い、日本ではリストやワーグナーのような扱いを受けた曲はない。軍部には音楽の力を利用するセンスがなかったわけだし、また国民も反応しなかっただろう。
小泉首相は昨年8月のヨーロッパ訪問のときに、バイロイドでのワーグナー観劇を希望し、ドイツのシュレーダー首相に招待されて、いつものようにオペラに「感動」したのだった。
世界中で、日本の政治家や財界人は、決定的に文化オンチと思われてきた。彼らの外国訪問での、文化的教養に関しての恥ずかしい話は無数にある。小泉さんが正式にワーグナーを観たいと言ったのは、その意味で、大きな国益である。「政治専用機を使ってオペラなんか見に行くとはなにごとか」と怒鳴りまくった自民党の大物がいたが、そういう政治家が今でもたくさんいるのが悲しい。
他にも音楽や絵画に造詣が深い政治家は何人もいるが、ほとんどの場合、選挙民には知られないようにしているのが現状だ。票が減るからだという。
故・小渕元首相も、頻繁(ひんぱん)に音楽界に顔を出していたが、どちらかといえば、お忍び的だった。
だが、小泉さんの昨年のバイロイド行きは、単純な出来事だったのではない。第二次大戦後、ドイツの首相がバイロイド音楽祭に行ったのは、今度が初めてである。小泉さんのバイロイド行き希望は、ドイツ首相の「ドイツの『靖国』−ナチスヒトラー解禁」を助け、大きな貸しをつくったのだ。日本の記者たちは、小泉バイロイド行きの真意を見破れなかったのである。日本の政治記者たちも自民党の大物と同様、文化オンチなのだ。

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『人間臨終図巻 下巻』 山田風太郎著 徳間書店
ワーグナー (1813-1883) 70歳で死亡。 (一部抜粋しています)
ワーグナーは以前から狭心症の持病があった。1883年、彼はその前年からヴェネチアのホテルの2階16部屋をすべて借り切って滞在していたが、2月13日午後2時、彼が机の前に坐り、嘔吐しながら苦しんでいるのを召使が見つけた。
「医者と妻を!」と、彼はうめいた。妻のコジマが駈けつけて、いつも使いつけている薬を飲ませたが、何のききめもなかった。召使が窮屈な衣服をぬがせにかかると、ワーグナーは「私の時計を!」と、いった。それを最後に彼は妻の腕の中でこときれた。
2月16日、防腐処理をされた彼の遺体がドイツのバイロイトに帰るため、青銅とガラスで出来たすばらしい棺に入れられ、サンマルコ広場から離れたとき、「神々の黄昏」の葬送行進曲が奏でられた。
リヒャルト・ワーグナー Google 検索
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