じじぃの「人の死にざま_07_カーソン」

レイチェル・カーソン - あのひと検索 SPYSEE
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Sense of Wonder センスオブワンダー 動画 YouTube
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『運命の海に出会って レイチェル・カーソン マーティー・ジェザー著 山口和代 訳 ほるぷ出版 (一部抜粋しています)
1 騒がしい春
1963年4月3日、生物学者レイチェル・カーソンは、人びとの論議のまとになっていたCBS放送のテレビ番組に出演した。カーソンは以前から海に関した数々の著作でその名を知られていたが、最新作で、新しい−−そして、熱い論争を巻き起こした−−話題を取り上げていたのである。番組が放送されないうちから、コロンビア放送システム社(CBS放送)には、1000通をこす視聴者からの手紙が殺到した。多くの手紙は、<レイチェル・カーソン沈黙の春>と題された番組を放送すること自体に批判的であった。放送日が近づくにつれて、元からのスポンサー5社のうち3社が、論争から距離を置くために番組から手を引いた。そうした騒ぎにもかかわらず、番組は予定どおり放送されて、カーソンと合衆国政府の考えを代弁する4人、それに科学者のロバート・ホワイト・ステーブンス博士が出演した。
番組がとくに焦点を当てたのは、6ヵ月前に、カーソンの衝撃的な著書沈黙の春が出版された直後から、世間を騒がせていた論争であった。沈黙の春は、新しく開発された、化学薬品による農薬が自然環境におよぼす、恐るべき影響について述べたものだった。本のなかでは、カーソンの入念な研究によって、説得力のある事実が証拠として示されていた。すなわち、強力な昆虫駆除の毒物を野放しのままに使用していけば、核戦争にもまさるとも劣らない危険を、地球の生物におよぼしかねないというのである。カーソンは、ほかでももっと研究を進めるよううながした。さらに研究を深めなければ、こうした化学薬品が土壌や水、動物、そして人間におよぼす長期的な影響を確かめられないからである。
カーソンのこれまでのベストセラーと同様、沈黙の春も世間や批評家から絶賛を浴びたが、また一方で、激しい論争の引き金ともなった。政治的な影響力をもつ農薬産業の支援者たちが、カーソンに反対した。雑誌『タイム』は、沈黙の春に「不平等で、一方的で、ヒステリックに強調しすぎている」というレッテルを貼った。しかし、自然保護論者は環境が汚染物質によって半永久的に損なわれることを恐れていたので、この本をほめちぎった。連邦最高裁判所の判事ウィリアム・O・ダグラスにいわせれば『沈黙の春』は「人類にとって、今世紀のもっとも重要な著作」だというのである。
8 伝説の人へ
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だが、カーソンの健康はますます悪化して、人前に出ることも困難になるときがあった。ガンが広がりつづけていたのである。沈黙の春をめぐる論争も、いっそう体力を衰えさせた。それでもカーソンは化学薬品の無責任な使用に反対する運動を貫き、自分の健康と安楽な生活を犠牲にした。世論に注意していたカーソンは、自分が率直に考えを述べつづけることが欠かせないと感じていたのだ。自分の健康状態について冗談をとばしさえした。1963年、友人にあてて次のような手紙を書いている。「私はいまや大変な有名人になってしまい、鼻風邪をひいても、大統領なみにニュースになるほどです。朝刊は、私が大気汚染会議に出席できなかったことを、こんな見出しでかなり大きく取り上げています。"沈黙の春の著者、風邪に沈黙させられる!"ですって。化学産業界ではきっとすばらしいニュースになったことでしょう!」
カーソンは自然への愛を最後まで失わなかった。11歳になった養子と2匹の愛猫を連れて、カーソンは1963年、メイン州の夏用別荘へ最後の旅をした。病気が重くて、海辺の岩礁をよじ登ったり、近くの森でバードウォッチングをしたりすることはできなかったけれども、それでも自然への鋭い観察者でありつづけた。もはや自分で標本を採集することはできなかったが、愛用の顕微鏡で潮溜まりに生息する小さな生き物を調べるのが好きだった。車椅子からほとんど動けなかったけれども、その年の初秋にはカリフォルニア州へ旅行して、長年の念願であったアカスギの森を訪ねた。
レイチェル・カーソンは1964年4月14日、メリーランド州の自宅で亡くなった。56歳であった。

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レイチェル・カーソン日本協会あびこ(我孫子市市民活動サポート委員会)
レイチェル・カーソン日本協会あびこ こんな活動しています
レイチェル・カーソン沈黙の春を出筆してから50年が経とうとしています。科学の進展は人々に幸福をもたらしました。が、物質優先の社会がもたらした結果は地球が危ういと言われ始めました。
発展途上の国はまだまだ開発されていくようですが先進国といわれる国で、暮らし方を見直そうと歩き出した国も欧州で出てきました。沈黙の春の最後でカーソンは今の状態を予言しているかのような記述があります。
レイチェル・カーソンが癌に侵されながら最後まで子供達に書いていたメモが彼女の死後、友人達により出版された本がセンス・オブ・ワンダーという小さなかわいい本です。この本は子育て中の親達に是非読んでもらいたい本です。自然は限りある人類の大きな財産です。その自然を好きな子に育って欲しい、子供の頃は是非自然の中で育って欲しいと書いています。
レイチェル・カーソン日本協会あびこでは、
センス・オブ・ワンダーを中心におき子育て中の親達や、世の中に少し疲れた人たちに自然が癒してくれる大きなものがあることを知ってもらえたらと活動しています。
http://www5.ocn.ne.jp/~shimin-c/dantai/5reityeru/5reityeru.html